津地方裁判所 昭和59年(ワ)103号 判決 1988年7月21日
原告 甲野太郎
右訴訟代理人弁護士 中村亀雄
被告 三重県
右代表者知事 田川亮三
右訴訟代理人弁護士 倉田嚴圓
右指定代理人 林博道
<ほか三名>
被告 株式会社朝日新聞社
右代表者代表取締役 渡辺誠毅
右訴訟代理人弁護士 中島多門
被告 株式会社毎日新聞社
右代表者代表取締役 山内大介
右訴訟代理人弁護士 佐治良三
右訴訟復代理人弁護士 藤井成俊
被告(脱退) 株式会社 中部読売新聞社
右代表者代表取締役 松本盛夫
被告 「株式会社中部読売新聞社承継人」 読売興業株式会社
右代表者代表取締役 務臺光雄
右訴訟代理人弁護士 山川洋一郎
同 喜田村洋一
主文
原告の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告らは原告に対し、各自金二七五万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する被告らの答弁
主文と同旨
第二当事者の主張
一 請求原因
1 本件事故
昭和五九年一月九日午前一一時二〇分頃、三重県鳥羽市鳥羽二丁目の空き地において、原告の従業員二名が塵芥収集車(以下、「本件収集車」という。)の鉄製のふた(以下、「テールゲート」という。)を上げて作業をしていたところ、突然テールゲートが降下してきたため、これと荷台後部ボディーとの間に上半身を挟まれ、うち一人は頸部骨折、一人は胸部挫傷・肋骨骨折の傷害を負って二人とも即死するという事故(以下、「本件事故」という。)が発生した。
2 事件としての立件とその公表等
本件事故につき、三重県警察鳥羽警察署の警察官は、本件収集車のテールゲートを支える安全棒が使用不能の状態になっているのを知りながら、それを交換もせずに作業をさせていた疑いがあるということで、車両維持管理者の原告を被疑者とする業務上過失致死被疑事件として立件したうえ、同年四月二〇日津地方検察庁伊勢支部(以下、「津地検伊勢支部」という。)に書類送検し、同日右事実を報道機関に公表した。
3 被告株式会社朝日新聞社らの記事
被告株式会社朝日新聞社(以下、「被告朝日新聞社」という。)同株式会社毎日新聞社(以下、「被告毎日新聞社」という。)及び脱退被告株式会社中部読売新聞社(以下、「被告中部読売新聞社」という。)は、翌二一日、各発刊の新聞紙上に、原告に敬称を付せず、「甲野は」あるいは「甲野太郎は」と呼び捨てにし、さらに「ふたを支える安全棒が使用不可になっているのを知りながら、部品の交換もせず作業をさせた疑い」という内容の、原告が業務上過失致死の疑いで津地検伊勢支部に書類送検された旨の記事を掲載報道した(以下、各新聞紙上に掲載された原告にかかわる報道記事を「本件記事」という。)。
4 名誉毀損行為
(一) 本件収集車のテールゲートは、運転席での操作により油圧装置によって九〇度まで上がり、また、その操作により下げるようにすると徐々に下がる仕組みになっている。ところが、本件事故は、運転席でのテールゲートスイッチの操作をしないのに突然テールゲートが落下したことにより発生したものであるが、このように、右スイッチを下げるように操作をしないのに突然テールゲートが落下するということは、従前一度もなかったことである。ただ、原告は、念のため安全棒あるいは支柱用の鉄棒を備え付け、日頃全従業員に右棒でテールゲートを支えて安全を期するよう注意をしていた。
(二) また、本件事故により死亡した二人の従業員は、本件収集車を八年以上も運転操作してきた経験を有し、かつて事故を起こすことのなかった者である。
(三) さらに、本件収集車はいすず自動車の車体に富士重工業株式会社が塵芥収集のための機械を設置したものであるが、同社が本件収集車と同種の機械を設置した塵芥収集車が、昭和五九年四月三日に福岡県久留米市南町内でも本件事故と同様の事故を惹起して三人の死傷者を出している。また、三重県久居市においても同種の塵芥収集車にまる同様の事故が発生している。
(四) 以上の事情を考え併せると、本件事故の原因は富士重工業株式会社が設置した機械の構造上の欠陥によるものであることが濃厚であって、本件事故については少くとも原告に責任のないことだけは明らかである。そして、鳥羽警察署警察官は、本件収集車と同種のものは全国で数万台も運行している状況に鑑みると、本件事故と同様の事故の再発を防止するためにも専門家に委嘱するなどして、慎重かつ徹底した事故の原因を調査すべきであった。
(五) しかしながら、鳥羽警察署警察官は、前記調査をすることなく片手落ちに闇雲に原告を被疑者として立件、送検し、そのことを報道機関に公表して、原告の人権を著しく蹂躙し、名誉を毀損した。
(六) 被告朝日新聞社、同毎日新聞社及び同中部読売新聞社(以下、「被告新聞社ら」と総称する。)は、人権を擁護し真実を報道することを旨とする公共性のある報道機関であり、前記のとおり、本件事故の原因が本件収集車の構造上の欠陥にあることが濃厚である以上、警察の発表を鵜のみにすることなく、その原因を慎重に調査すると同時に、少なくとも右構造上の欠陥が原因である可能性が高いとする記事も併記すべきであったし、原告を呼び捨てにしてあたかも原告が真犯人であるかのような印象を与える記事は掲載報道すべきではなかった。しかるに、被告新聞社らは、かかる配慮を欠いた記事を各掲載報道し、原告の名誉を著しく毀損した。
5 被告三重県の責任
被告三重県(以下、「被告県」という。)は、三重県警察を設置している地方公共団体である。
したがって、被告県は、鳥羽警察署の警察官がその職務を行うにあたり、前記4(五)のとおり、原告を被疑者として立件、送検したこと及びそのことを公表したことは過失により、違法に原告に対し損害を与えたものといえ、国家賠償法一条一項により、その損害の賠償責任を負うというべきである。
6 被告新聞社らの責任
被告新聞社らは、それぞれ業務執行として前記4(六)のとおりの報道をしたものであるから、同被告らは、民法七一五条に基づき、原告が右報道によって蒙った損害を賠償する義務を負う。
7 損害
(一) 被告らの前記各不法行為により蒙った原告の精神的苦痛を金銭をもって慰謝するとすれば、金一〇〇〇万円とするのが相当である。
(二) 原告は、本件訴訟の提起追行を弁護士中村亀雄に委任し、その報酬として金一〇〇万円を支払った。
8 よって、原告は被告らに対し、各自損害賠償金二七五万円及び訴状送達の日の翌日から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する被告らの認否及び主張
1 被告県
(一) 請求原因1の事実は認める。
(二) 同2の事実は認める。
(三) 同3の事実は不知。
(四) 同4(一)の事実のうち、原告が日頃全従業員にテールゲートを安全棒等で支えて安全を期するよう注意していたことは否認し、スイッチを下げないのに突然テールゲートが下降するということは従前一度もなかったことは不知、その余は認める。
同4(二)の事実は不知。
同4(三)の事実は認める。
同4(四)、(五)の事実はいずれも否認する。
同4(六)の事実のうち、被告新聞社らが人権を擁護し、真実を報道することを旨とする公共性のある報道機関である、との点は認めるが、その余の事実は否認する。
(五) 同5の事実中、被告県が三重県警察を設置する地方公共団体であることは認めるが、その余は争う。
(六) 同6の事実は不知。
(七) 同7の事実は全て否認する。
(八) 被疑事件として立件し、送検するといった警察官の職務行為に関しては、その被疑者に一応の嫌疑さえあれば不法行為責任はないものと考えるべきところ、原告は昭和六〇年一二月二八日本件事故につき不起訴処分(起訴猶予)を受けており、津地検伊勢支部においても原告に業務上過失致死罪の嫌疑があるものと判断していることは明らかといえる。このことからも原告に一応の嫌疑があったのであるから、鳥羽警察署警察官の右職務行為に関して何ら過失はなく、したがって不法行為責任はない。
(九) 同署警察官が報道機関に対し発表した事実は、公共の利害に関する事柄につき、もっぱら公益を図るためになされたものであり、しかもその内容はすべて真実であるから、右発表に何ら違法性はない。
2 被告朝日新聞社
(一) 請求原因1の事実につき、死亡した作業員二名が原告の従業員であることは不知、その余は認める。
(二) 同2の事実は認める。
(三) 同3の事実のうち、「ふたを支える安全棒が使用不可になっているのを知りながら部品の交換もせず作業させた」と発表したことは否認するが、その余は認める。
(四) 同4(一)の事実のうち、原告が日頃全従業員にテールゲートを安全棒等で支えて安全を期するよう注意していたことは否認し、その余は不知。
同4(二)、(三)の事実はいずれも不知。
同4(四)、(五)の事実はいずれも否認する。
同4(六)の事実のうち、被告新聞社らが人権を擁護し、真実を報道することを旨とする公共性のある報道機関である、との点は認めるが、その余の事実は否認する。
(五) 同5の事実中、被告県が三重県警察を設置する地方公共団体であることは認めるが、その余は争う。
(六) 同6の事実は否認する。
(七) 同7の事実は全て否認する。
(八) 警察や検察庁発表による犯罪報道記事の場合には、原則として実名で報道し、かつ、敬称を外すというのが従来の日本の報道機関の一般的かつ伝統的な取扱いであり、社会通念ないし国民感情としてもかかる取扱いが広く受け入れられているところで、本件記事も右一般的かつ伝統的な取扱いに従ったもので実名で報道したり敬称を外したからといって直ちに違法ということはいえない。
(九) 被告朝日新聞社の本件記事は、まず見出しを「社長を書類送検、作業員死亡事故」とし、原告が本件事故につき業務上過失致死の疑いで津地検伊勢支部に書類送検された旨の記事を掲載しただけであり、久留米市で本件事故と類似の死亡事故が発生したことも併記し、殊更に大きな活字を使用し特に目立つ位置に配置したものでもなく、右過失内容も事実をありのままに記述したにとどまり、原告を唯一の真犯人と断定するものとは認められないことから、原告の名誉・信用を毀損するものではない。
3 被告毎日新聞社
(一) 請求原因1の事実につき、死亡した作業員二名が原告の従業員であることは不知、その余は認める。
(二) 同2の事実は認める。
(三) 同3の事実のうち、被告毎日新聞社が、四月二一日、鳥羽警察署警察官の公表に基づいて、原告が業務上過失致死の疑いで津地検伊勢支部に書類送検された旨の記事を掲載報道したこと、右記事において原告に敬称を付けず「甲野は」と記載していたことは認めるが、その余は否認する。
(四) 同4(一)ないし(三)の事実はいずれも不知。
同4(四)の事実のうち、本件事故について原告に責任のないことが明らかであることは否認し、その余は不知。
同4(五)の事実は否認する。
同4(六)の事実のうち、被告新聞社らが人権を擁護し、真実を報道することを旨とする公共性のある報道機関である、との点は認めるが、その余は否認する。
(五) 同5の事実中、被告県が三重県警察を設置する地方公共団体であることは認めるが、その余は争う。
(六) 同6の事実は否認する。
(七) 同7の事実は全て否認する。
(八) 前記二2(八)の主張と同じ。
(九) 新聞報道が人の名誉・信用を毀損するか否かは、その記載内容それ自体ばかりではなく、見出しの表現、活字の大きさ、記事の配置等記事全体を総合し、通常の読者にいかなる印象を与えるかを基準にして判断すべきである。被告毎日新聞社の本件記事は「作業員圧死のゴミ収集会社役員書類送検」という見出しのもとに、原告が業務上過失致死の疑いがあるとして津地検伊勢支部に書類送検された旨記載しているのみであって、原告が殊更に真犯人である旨を強調する内容になったわけでもなく、また、記事全体を総合しても、そのように認められないのであるから、原告の名誉・信用を毀損するものではない。
4 被告中部読売新聞社
(一) 請求原因1の事実につき、死亡した作業員二名が原告の従業員であることは不知、その余は認める。
(二) 同2の事実は認める。
(三) 同3の事実も認める。
(四) 同4(一)ないし(三)の事実はいずれも不知。
同4(四)、(五)の事実はいずれも否認する。
同4(六)の事実のうち、被告新聞社らが人権を擁護し、真実を報道することを旨とする公共性のある報道機関である、との点は認めるが、その余は否認する。
(五) 同5の事実中、被告県が三重県警察を設置する地方公共団体であることは認めるが、その余は争う。
(六) 同6の事実も否認する。
(七) 同7の事実は全て否認する。
(八) 前記二2(八)の主張と同じ。
三 前記二2(八)、二3(八)、二4(八)の主張に対する原告の反論
被告新聞社らは、犯罪記事の報道の場合に、被疑者らを実名で、かつ呼び捨て報道をすることが慣行であると主張するが、仮名報道をしてもその真実性・正確性に何ら影響を及ぼさず、その他考えうる弊害も実名報道や呼び捨て報道による弊害と比較すると比べるほどもない位のものであり、そのような報道の必要性は全くなく報道機関が有する高度の信頼性と強力な影響力を考えると、弱者の人権侵害や名誉毀損となる慣行はむしろ直ちに廃止されるべきであり、右主張は理由がない。
四 抗弁(被告新聞社ら)
1 本件報道は、捜査機関において捜査中の犯罪行為に関するものであって、いずれも公共の利害に関する事柄をもっぱら公益を図るためになされたもので、しかも、その内容はすべて真実であるから、本件報道については違法性がない。
2 仮に、そうでないとしても、本件報道は、被告ら報道機関の担当記者らが公表権限のある捜査当局の発表に基づいて取材し、これを正確に表現したものであるから、右担当記者らが本件報道の内容について真実であると信じ、かつそう信じるにつき相当の理由があった。
五 抗弁に対する認否
全て争う。
第三証拠関係《省略》
理由
一 被告県に対する請求について
1 請求原因1、2の事実については原告と被告県との間において争いがない。
2 被告県の原告に対する不法行為の成否について考える。
一般に、人の社会的評価を低下させる事実の公開は、名誉・信用を毀損する不法行為を構成するが、捜査機関による捜査中の事件に関する公表については、それが人の名誉・信用を毀損する内容を含んでいる場合であっても、その内容が公共の利害に関する事項にかかり、もっぱら公益を図る目的に出た場合であって、かつ、その内容が真実であることが証明されたときには、右公表には違法性がなく、また、もし右事実が真実であることが証明されなかったときでも、行為者においてその事実を真実と信ずるについて相当の理由があるときは、それは故意・過失によるものとはいえず、やはり不法行為は成立しないものと解するのが相当である。
そこで検討する。
(一) 請求原因4(三)の事実、本件収集車のテールゲートは、運転席のスイッチの操作により、油圧装置によって九〇度まで上がり、また、その操作により下げるようにすると徐々に下がる仕組みになっていること、本件事故は、運転席でのスイッチの操作をしないのに突然テールゲートが落下したことにより発生したこと、原告が本件収集車に安全棒あるいは支柱用の鉄棒を備え付けていたこと、以上の各事実は右当事者間において争いがない。
(二) 右争いのない事実に、《証拠省略》を総合すれば、以下の事実が認められる。
(1) 捜査の経過
昭和五九年一月九日午後零時一〇分頃、鳥羽市消防本部から本件事故が発生したことの通報があったので、鳥羽警察署刑事課長折戸恒夫外数名の警察官が本件事故現場に臨場したところ、本件収集車のテールゲートがクレーン車で吊り下げられていた。そこで、右警察官らは現場の保存、現場付近での聞込み、及び本件事故後現場に居合わせた者からの事情聴取を行った。
右折戸らは、翌一〇日、原告の立会いで本件事故現場の実況見分を実施し、また本件収集車を原告に納入したバン自動車株式会社の社員水野幹彦が同車を操作してテールゲートが落下する原因を調べる操作実験を行った。
鳥羽警察署警察官は、さらに翌一一日に本件事故後その現場に居合わせた平野千代美から事故直前の被害者二名の行動について、同年三月六日には原告の従業員北側隆から被害者品野一成の日常の業務内容や本件事故当日の行動、原告の安全教育、本件収集車を含む原告が管理する五台の塵芥収集車の安全棒の使用状況及びその他安全棒の代用という鉄棒の使用状況について、さらに右同日原告の従業員岩佐やよいから右被害者の本件事故当日の行動について、翌七日原告の従業員向畑菊義から原告の安全教育や本件事故後の本件収集車以外の安全棒の整備状況等についての各供述を得た。さらに、同月一〇日、同月一二日の両日、原告を業務上過失致死被疑事件の被疑者として取調べたところ、原告は安全棒を使用すればテールゲートの落下を防ぐことができるものの、本件収集車を購入した時から既に安全棒が錆びついていたので、もし必要であれば使用するということで代替の鉄棒を用意していたが、安全棒を使用できるように管理していなかったのは自らの責任であり、管理者としての責任は免れないと自己の刑責を自認するとともに、本件事故後は他の塵芥収集車に取り付けてある安全棒の錆を落とし使用できるよう整備した旨供述した。そして、同月一六日、前記水野から本件収集車についての供述を得るとともにその仕様書等の資料の提供を得た。
(2) 右捜査の結果、次のことが判明した。
(ア) テールゲートの操作方法(別紙図面1を参照)
① エンジンを始動させる。
② 運転室内のPTO(動力取り出し装置)の操作レバーを引き、圧油を循環させる。
③ ボディーとテールゲートを締めつけているクランプ(左右各一箇所)を外す。
④ 車両後方よりテールゲート左側にあるDリングロックを入れる。
⑤ 運転室内の操作スイッチを「排出」にする。
⑥ 運転室内のテールゲートスイッチを「上げ」に倒し、テールゲートを上昇させる(この際、Dリングロックを入れていないと警報ブザーが鳴り、テールゲートは上昇しない。テールゲートスイッチを離すとスイッチは中立に戻り、その位置でテールゲートは停止する。)。
⑦ テールゲートを上昇させた後、ボディー左右の安全棒を倒す(安全棒はテールゲートの下降を防止するものである。)。
⑧ 安全ステーに当たるまでテールゲートを徐々に降ろす。
(イ) テールゲートが押し上げられる仕組み(別紙図面2参照)
テールゲートの「上げ」スイッチを入れると回転板が「第二ストップ位置」まで来て停止する。次いで押し込み板が上方からラムシリンダーで引っ張り上げられてラムパネル下方後方に移動し、同時に回転板を押し上げる。この場合、押し込み板背面と回転板先端はやや鈍角状態(同図面中θ)にあり、回転板は時計回りの方向に力が加えられる。つまり、回転板と押し込み板とが互いにつっかい棒になるような形でテールゲートが回転板ごと押し上げられる仕組みになっている。
(ウ) 上方に上がっているテールゲートが落下する原因
① スイッチの誤操作、② 油圧関係の故障、③ 回転板と押し込み板の遊離の3点が検討され、本件事故当時、現場に被害者の二人しかいなかったので①は考えられず、実況見分時の操作実験の際に油圧装置及び油圧系統に異常が認められなかったので②もその原因となりえず、右操作実験において回転板と押し込み板の噛み合わせ部分に物が挟まったままテールゲートが上に上がり、右挟まった物を取り外すと急にテールゲートが落下したこと、本件事故現場で発見した縦一〇センチメートル、横八センチメートルのゆがんだ缶詰めの空缶一個のへこんだ部分と回転板の先端部分とがきちんと合ったこと等から③がその原因と考えられた。
(エ) 安全装置
右のように回転板と押し込み板が遊離する場合、回転板が上方にずれれば回転板がDリングロックピンで止まる。もし、Dリングロックピンで止まらなかったときは回転板が押し込み板背面のパネルストッパーで止まり、また、回転板が下方にずれればストップパドがストッパーピンに当たって逆転が防止されて回転板が押し込み板から外れるのを防止し、それでも回転板が押し込み板から外れた場合は、押し込み板が後方へ押し出されるがDリングロックピンでそれ以上後退するのを防止する機構になっていて、右のいずれかの安全装置が機能しないで、テールゲートが落下を開始する事態があっても、安全棒で支えてそれ以上落下しないように阻止するという、二重、三重の安全装置が用意されている。
(オ) 本件事故当時における本件収集車の整備状態
本来、本件収集車は回転板が正規の「第二ストップ位置」に停止したときは押し込み板の下部から七センチメートルのところに回転板の先端が位置するように設計されているのに、本件事故当時における同車は右七センチメートルのところが僅か一ないし二・五センチメートルであったため別紙図面2のθ角が鋭角になって回転板が下方にずれ易くなっており、さらにストップパドがストッパーピンの頭を押さえてしまい逆転防止装置の役割を果さなかった可能性があり、また、回転板の先端が変形していて滑り易くなっていたことも下方にずれ易くなる原因と考えられ、Dリングロックピンのバネが弱っていて下部の電気スイッチにより若干押し戻されるようになっていたこと、Dリングロックピンのスイッチに当たる部分にはビニールテープが巻かれていてスイッチの接触をし易くしているためDリングロックピンの機能が減殺され、押し込み板の背面に磨耗によるくぼみができているため、Dリングロックピンが滑り易くなっていてそれを正しく入れておいても押し込み板が押されるとそれが引っ込んでしまう状態になっていた。そして、テールゲートが落下を開始した場合に備えてそれ以上の落下の継続を阻止するために備え付けられている安全棒二本は錆ついて使用できるような状態になっていなかった。
(カ) 安全棒に代わる鉄棒の装置
本件収集車の左側面下部の巻き込み防止のためのサイドガードに長さ一四七センチメートル、直径四センチメートル、肉厚四ミリメートルの鉄棒一本がゴムベルトで結束してあった。それは原告が昭和五六年一〇月にバン自動車株式会社から中古車両である本件収集車を買い入れた時から既に左右の安全棒が共にボディーに錆ついて使用できなかったのでその代わりに使用するためのものであったが、原告から右鉄棒の使用方法を説明された従業員はおらないばかりか、右鉄棒の上下の基部を固定させる装置がないため、その構造自体において安全棒の代替物として使用できるものではないことが明白であり、本件事故時にも使用されていなかった。
(キ) 事故後の原告の対応
原告は、本件事故後、本件収集車以外の塵芥収集車の安全棒を使用できるように整備をした。
(3) 以上のことから、鳥羽警察署長坂口茂は原告に本件事故についての過失責任が認められるものと判断して、昭和五九年四月二〇日第五三号で津地検伊勢支部に業務上過失致死被疑事件として書類送検をした。
(4) 公表
鳥羽警察署刑事課長松田幸久は、本件事故が二名の死者を出すという重大なものであり、しかもその原因が安全棒の使用という初歩的なかつ簡単な方法で防止できたテールゲートの落下によるもので、同種事故の再発を防止するためにも関係者の注意を喚起しておく必要があることから公表の必要があると判断して報道連絡簿に別紙一に記載してある内容を記入し、同署次長及び署長の各決裁を得て報道連絡簿綴りに編綴し、来訪する報道関係者に自由に閲覧させる方法で公表した。
3 以上の認定事実によれば、原告は、塵芥収集にあたり従業員が収集車のテールゲートを上げてその下で作業することがあるのを十分認識しており、万一テールゲートが落下するようなことがあれば大事故に至ることがあるが、左右二本の安全棒を使用してさえいれば本件の如き事故が起こることは避けられることも十分知りながら、備え付けの安全棒が錆ついて全く使用できない状態にあり、錆を落とすなどして安全棒を使用できるようにすることも容易であったにもかかわらず、そのまま放置し、安全棒のようにテールゲートを支えるだけの機能がないことをたやすく理解できる鉄棒を、しかも一本のみを前記安全棒の代わりに装着するにとどめ、従業員に対しても十分な安全教育をしていなかったものということができる。したがって、原告は本件事故について安全棒が錆ついて使用できないのを放置していた過失が認められる。そうであれば、鳥羽警察署警察官が報道機関に公表した事実は、被疑事実そのもので、公共の利害に関する事実であるということができ、右警察官がもっぱら再発防止等の公益を図るためにこれを公表したと推認することができるものであり、しかもその内容は、前記のとおり全て真実と認められるものであるから、右公表について違法性はないというべきである。
4 さらに、原告に本件事故について業務上過失致死の被疑事実が認められるのであるから、原告を業務上過失致死被疑事件の被疑者として立件、書類送検したことも違法ということができない。
5 以上の次第であるから、被告県において名誉毀損の不法行為は成立せず、したがって、これを前提とする原告の被告県に対する本件請求は、その余の点につき判断するまでもなく理由がないことが明らかである。
二 被告新聞社らに対する各請求について
1 請求原因1の事実のうち、本件事故で死亡した作業員が原告の従業員であるとの点を除いて、その余の事実は原告と被告新聞社ら間で争いがなく、《証拠省略》によると、死亡した作業員はいずれも原告の従業員であったことが認められる。
2 同2の事実は各当事者間で争いがない。
3 同3の事実は、原告と被告中部読売新聞社との間においては争いがなく、また、原告と被告朝日新聞社及び同毎日新聞社との間において、右事実のうち同被告らが昭和五九年四月二一日にそれぞれ発刊の新聞紙上に原告を「甲野太郎は」あるいは「甲野は」と呼び捨てにし、業務上過失致死の疑いで津地検伊勢支部に書類送検された旨の記事を掲載報道したことは争いがなく、原告と被告朝日新聞社との間において成立に争いのない《証拠省略》及び右争いのない事実によれば、同被告が昭和五九年四月二一日に報道した掲載記事は別紙二の一のものであり、原告と被告毎日新聞社との間において成立に争いのない《証拠省略》及び右争いのない事実によれば、同被告が右同日に報道した掲載記事は別紙二の二のものであり、また、原告と被告中部読売新聞社との間において成立に争いのない《証拠省略》及び右争いのない事実によれば、同被告が右同日に報道した掲載記事は別紙二の三のものであることがそれぞれ認められる。
4 そして、《証拠省略》によれば、
(一) 被告新聞社らの担当記者らは、本件事故発生直後に事故現場で取材をするなどして事故記事を書き、該記事は各新聞紙上に掲載報道された。
(二) さらに、前記認定のとおり、昭和五九年四月二〇日鳥羽警察署から本件事故につき公表があり、右記者らは同署で報道連絡簿を閲覧したり、同署の広報担当者らに補足説明を受けるなどの取材をなし、被告新聞社らはそれぞれその取材をもとにさきに認定のとおりの記事を掲載報道した。との事実が認められ、もとより右各掲載記事が捜査当局が公表した事実に憶測を加えたり、事実を曲げて脚色したりし、いたずらに被疑者の名誉を毀損する如き内容の記事であったとする証拠は全く存在しない。
5 以上の認定事実によれば、被告新聞社らがさきに認定の本件記事の各掲載報道は、捜査当局からの捜査中の犯罪行為に関する公表に基づくものであって、いずれも公共の利害に関する事柄を、もっぱら公益を図るためになされたものであることは、その内容、表現方法からみて明らかというべきであり、しかも、その内容はすべて真実と認められるものであるということができる。
6 ところで、原告は被告新聞社らの掲載報道した本件記事中、原告の実名をあげ、また、敬称を外して呼び捨てにしたことが違法に原告の名誉・信用を毀損した旨主張するが、犯罪報道にあたり、関係当事者の実名をあげるかどうか、またその者に敬称を付するかどうかということは、その犯罪の内容、被害者や市民の感情及びそのときの社会通念等を十分に考慮したうえ総合的に判断すべき事柄であるところ、本件記事のような捜査機関が公表した犯罪につき、その被疑事実が真実と認められ、かつ、これを正確に報道していることに加え、原告の右被疑事実の内容等を併せ考えると、被告新聞社らがこれまでの慣行どおり実名でかつ敬称を外して報道したからといって直ちにこれが違法な行為ということはできないものと考える。
7 さらに、原告は、本件事故が本件収集車を製作した富士重工業株式会社の責任に基づく機械の構造上の欠陥によるものであることの疑いが濃厚であるので、このことの併記が報道機関の義務であると主張するが、前記認定のとおり本件記事の掲載報道は本件事故が原告の過失によるとの捜査機関の発表に基づくものであり、このような場合、報道機関としては更に独自の裏付調査等をする義務はなく、その主張の如き記事を併記する義務もないというべきであって、原告の右主張も理由がない。
8 以上の次第であるから、被告新聞社らには不法行為の成立の余地はなく、したがって不法行為が成立することを前提とする原告の本件各請求もその余の点につき判断するまでもなく、理由のないことが明らかである。
三 以上のとおり、原告の本訴請求はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 大橋英夫 裁判官 下澤悦夫 山西賢次)
<以下省略>